最近、6年間の闘病生活を経て、お亡くなりになった、凛舟のお客様がおられた。
意識が戻ることはなかったが、24時間365日、凛舟とともに生きられた6年間でいらっしゃった。それは私たちにとって、凛舟の開発の歴史とともに歩んだ時間でもあった。至らない私たちの試行錯誤にも、忍耐強くお付き合いくださった。
亡くなる前日に、タブレットが止まった。亡くなった当日、私たちは、天国のような景色を新潟の空に見た。ご家族は「彼が持っていっちゃったのかもね」とお話下さった。ご葬儀では、思い出の曲が真新しい凛舟から奏でられた。私は、彼が天国から微笑んでいる姿を感じた。
愛とはなんだろうか。
社会的に大きな働きや弱者救済事業を立ちあげること。それを私たちは愛と思いたい。
しかし、彼に教えられたこと。そして、今日の朝の黙想の中で教えられたことは
「その人に課された十字架を、どれだけしっかり担って歩めるか」
ということ、それが愛だ、ということだ。
その人が痛み、苦しみ、理不尽さ、そんなものを感じながらも、前を向いて歩いている。
何も語らずとも、ただそれだけが、愛の本質を教えてくれる。
それを可能にするのは、愛だけだ、ということが分かるから。
彼は、天国から、その事実を教えてくれた。