先日の北朝鮮ミサイル発射の速報に怯えた方も多かったのではないかと思います。
日本も戦争が他人事でない、という「煽り」が、諸々の動きの中で始まっているのだと思います。
憲法改正に向けた動きももちろんその一環でしょう。
さて、戦争はどうして始まるのでしょうか。
一番の理由は「不安」ではないでしょうか。
先が見えないと思うから、自分を守るために、あらゆる戦略を講じて攻め入ります。諸々の理由は、あくまでその糸口にすぎません。
これは、一国に限ったことではなく、私たち個人でも、経済活動でも、同じことです。
聖書にカインとアベルの話が出てきますが、ドラマにもなった「父に認められたい」という思い。カインは地の作物、アベルは羊のいけにえを捧げて、アベルが認められた、という話です。それが嫉妬に発展していきます。
ただ、なぜ父が、カインが苦労して育てた地の作物ではなく、アベルの羊のいけにえを受け入れられたのか?これは、私たちにはなかなか常識では理解に苦しむところです。
しかし、今朝ふっとこの話を思い出した時に、「私たちは地を耕して作物を育てて生きていかねばならない」という固定観念に、どれほどとらわれているか・・ということが示された気がしました。
もちろん、努力して作物を育てるのは大事なことです。しかし、それよりも大事なことは「父(神)の備えてくださった恵みを感謝して受ける」ということではないでしょうか。
私たちに必要なものは、神が備えてくださると信じ切ること。備えられたものを感謝して受け、捧げること。このことに全ての信頼を置くということは、「自分の力で生きるように」育ってきた私たちにとって、大きなチャレンジです。
しかし、この「恵みを感謝して受ける」ところに立たないとき、不安ばかりが先行し、人のものを奪いに行かねばこの先やっていけない、という気持ちになり、それがやがて戦争へと発展するのではないでしょうか。
今後、先進国の間で実際に兵器を打ち合うような愚かなことは最後の最後かもしれませんが、情報による戦争、着実に進んでいることは忘れてはならないと思います。
毎日の生活のなかで、本当に大事なことに目を向けていくこと。それが、私たち一人一人に求められているのではないかと思います。