![[日比野 則彦 / Norihiko Hibino Official Blog]](https://life.rinshu.net/images/header-logo.png)
私の愛用していたガラスコップが割れてしまった。
キッチンの洗った皿の置き場から、力強い水筒が降ってきて
容赦無く薄いガラスのコップを粉々にした。
とても悲しかった。
このような光景は、日常よく目にする。
意見の強い者が生き残り
繊細な感性を持つ者は、その攻撃に耐えられない。
強い者は、攻撃した意識すらない。
いつも通りの生活をしているだけ、
傷ついたコップは、二度と元には戻らない。
捨てられるだけ。
弱く、無力でありながら
殻を被って出てこないものもいる。
壊れたガラスのまま
触るものみな傷つけることで生き延びようとする者もいる。
神様が存在するなら、なぜこんなことを許すのか、
その問いが聖書にも何度も何度も繰り返されている。
結局のところ、そこに私たちの理解できる答えはない。
一つだけわかることは
神に向かう心は、自分の無力さを知り
神の方に向き直った時に初めて
持つことができるということ
そのことをどうやって
こどもに伝えていけるだろうか。
この使い捨て、サブスクの時代に
この感覚を、どう伝えるか。