2026.10.16

弱肉強食

私の愛用していたガラスコップが割れてしまった。

キッチンの洗った皿の置き場から、力強い水筒が降ってきて

容赦無く薄いガラスのコップを粉々にした。

とても悲しかった。

 

このような光景は、日常よく目にする。

意見の強い者が生き残り

繊細な感性を持つ者は、その攻撃に耐えられない。

 

強い者は、攻撃した意識すらない。

いつも通りの生活をしているだけ、

 

傷ついたコップは、二度と元には戻らない。

捨てられるだけ。

 

 

弱く、無力でありながら

殻を被って出てこないものもいる。

壊れたガラスのまま

触るものみな傷つけることで生き延びようとする者もいる。

 

 

神様が存在するなら、なぜこんなことを許すのか、

 

その問いが聖書にも何度も何度も繰り返されている。

結局のところ、そこに私たちの理解できる答えはない。

 

 

一つだけわかることは

神に向かう心は、自分の無力さを知り

神の方に向き直った時に初めて

持つことができるということ

 

そのことをどうやって

こどもに伝えていけるだろうか。

 

この使い捨て、サブスクの時代に

この感覚を、どう伝えるか。

 

 

 


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